2025.12.3

自分の人生を選び取る力を育てる──漫画家の創作を支える大学での学びとは?

武田愛子
自分の人生を選び取る力を育てる──漫画家の創作を支える大学での学びとは?

FEATURE特集

鳥取大学地域学部で学ぶおもしろさに目覚めた、卒業生の漫画家・武田愛子さん。通称「家族ゼミ」との出会い、日常の違和感から立ち上がる問い、そして他者と向き合う経験──大学で得た学びが、現在の創作につながるまでの軌跡を語ります。

 

はじめまして。鳥取市在住の漫画家・武田愛子と申します。2025年6月、鳥取大学地域学部の講義「地域学入門」で卒業生としてお話ししました。この記事は、その内容をもとに執筆したものです。
講義では、私が地域学部でどのように学び、それをどう人生にいかしてきたかを、ざっくばらんにお話ししました。

「大学の学びってなに?」
「高校までの勉強と何が違うの?」

そんな疑問を持っているみなさんに、少しでも参考になれば幸いです。

 

“意識低い系”学生が家族ゼミで覚醒!

2005年。大学1年の私は、友人のアパートに入り浸り、講義中は寝るという“意識低い系”学生でした。「実家から通える」「センター試験で数学がいらない」という理由だけで地域学部を選んだためです。周りも似たような感じで、いかに効率よく単位を取るかが、最重要課題。私も勉強より遊びやサークルを優先する、ごく普通の大学生でした。

そんな私が2年生になったある日、人生を変える授業に出会います。それが、通称「家族ゼミ」でした。文献を読んだり映像を見たりしたあと、学生同士でディベートを行う授業で、「家族」や「ジェンダー」など、身近なテーマを扱っていました。

最初の衝撃は「お母さん」についての議論。当時の日本社会は今よりジェンダー意識が低く、私も「母が家事・育児を担うのは当然」と思っていました。けれどゼミで、それが高度経済成長期に、国が経済発展のために作った家族モデルだと知り、目が覚める思いでした。そして驚いたのは、その価値観が今も『ちびまる子ちゃん』や『サザエさん』などを通して、私たちに刷り込まれているということ。
「自分が当然と思ってきた“あたりまえ”は、たった50年前に意図的につくられたものだった」、その事実に強い衝撃を受けました。

以来、「自分の選択は本当に自分の意思なのか? 社会に“選ばされている”のでは?」という疑問が次々に湧きました。その問いを先生や仲間にぶつければ、すぐに応答が返ってくる。議論を重ねるうちに、私は学ぶことのおもしろさにのめり込んでいきました。

 

違和感が学びに変わる──おにぎり事件

家族ゼミに夢中だったある日、ソフトボール部のバーベキューで事件が起こりました。男子部員は炭をおこし、女子部員はおにぎりを作ってくるという役割分担で、開催されたバーベキュー。

私は「コンビニおにぎりの方が美味しいし、衛生的」と思い、市販のおにぎりを持参しました。ところが、他の女子部員は全員手作り。男子からは大ブーイング、女子からは「信じられない…」という冷たい視線…。
“女子が丹精込めて握ったおにぎりこそ正義”というあたりまえに直面し、ショックを受けた私は家族ゼミの先生に報告しました。先生は大笑いして「それ、おもしろいね!」と言い、すぐに授業で「おにぎり事件」として取り上げてくれたのです。

「なぜ手作りおにぎりが神聖視されるのか?」

学生たちと議論するうちに、日常の小さな違和感こそが「おもしろい」ことになり、学びのネタになるのだと気づきました。のちに私の恩師となった仲野誠先生の「それっておもしろいね!」という言葉は、今でも私の原点です。

仲野誠先生(奥左)と筆者(奥右)

大学での学びは、誰かの正解を覚えることではありません。私が感じた大学の学びのプロセスは、次のようなものです。

1. 世の中の「あたりまえ」に違和感を抱く

2. 自分の中に「問い」が生まれる

3. その問いを議論したり、文献を読んだりしながら言語化し、自分なりの「答え」を出す

この繰り返しこそが学びです。「問い」は、自分にとって切実であるほど、世界の解像度が上がり、生きやすくなる。仲野先生はそれを「自分の人生を取り戻すこと」と言っていました。大学の学びは、支配的な価値観や通念に流されず、社会に“選ばされる”のではなく、自分で“選ぶ”ことができる力を育む練習なのです。

 

フィールドワークで出会った「他者」

3年生になると、卒業研究に向けたゼミが始まります。私は家族論を教えていた仲野先生のゼミに入りました。仲野先生は「本より現場」と言い、私たちを多くのフィールドワークに連れて行ってくれました。

なかでも印象的だったのは、大阪・釜ヶ崎での日雇い労働者の街を訪れたとき。路上生活者や支援NPOの方々の話を聞きながら、彼らが日本の経済成長を支え、バブル崩壊後に職を失った人々であることを学びました。「怖い存在だ」と思っていた彼らが、実は自分と地続きに生きる“他者”だと知った瞬間、世界の見え方が大きく変わりました。

仲野先生は「他者に想像力を持つこと、そしてきちんと出会うことが大事だ」と教えてくれました。その言葉は、今も私の中に生きています。

 

卒論執筆と、創作の基礎

卒業論文は、自分のバイト先だった鳥取市内の純喫茶「丸福珈琲店」を題材にした『丸福珈琲店物語』。「なぜここの常連さんは、こんなに楽しそうなのか?」という問いから、観察と聞き取りを重ねて書き上げたものです。論文の最後に、私はこう綴りました。

「地域というのは、人が住むためのただのハコでもなければ、行政が施策を施す対象というだけのものでもない。そこに生活する人たちを、元気に、ハッピーにするための足場や土台となるのが地域であり、生活者が元気であれば、その地域は結果として、活気が出てくるものなのだ。(中略)地域とは、自身を映す鏡であり、もう1人の自分であった。」

2009年の丸福珈琲店 店内の様子

17年前の論文ですが、意外といいこと言ってるなと思いました(自画自賛すみません…)。

地域学部で学んだ「自分の足で見て考える」フィールドワークの姿勢は、漫画家としての取材や作品づくりにも活かされています。現場に行き、話を聞き、空気を感じることが、創作の基礎になっています。

岩美町 網代の浜公園
『先生、逃がしません!』第32話より

お店のモデルは、市内の日本茶カフェ「葉の香」
『その男、花嫁の下僕につき』第3話より

 

また、近年の作品でも、私は一貫して、“自分の人生を、自分で選び取る”ことをテーマとして描いているつもりです。

 

『その男、花嫁の下僕につき』第13話より

『入替夫婦~あなたが親友を抱いたとしても~』第5話より

 

受け継いだ学びを、次の世代へ

仲野先生は、卒業後もずっと私を応援してくださいました。会社を辞めて漫画家を目指すと決めたときも、誰よりも背中を押してくれました。落ち込んでいるときなどは迷わず手を差し伸べてくれる先生に、「お世話になってばかりで、私が貰ってばかりですみません」と謝ったことがあります。

「僕に何かを返そうとは思わなくていい。僕から受け取ったものを、武田さんが次の世代に渡してくれたら、それでいい。僕は、そういう種を撒いているんだよ。」

そう返してくださった先生の言葉は、今も心に刻まれています。

今回「地域学入門」で話をしてほしいと依頼を受けたとき、「漫画家になったら、地域学入門に登壇する」という、仲野先生との約束を思い出しました。先生は、私がデビューした翌年にご逝去されましたが、仲野先生から受け継いだ学ぶ楽しさを、少しでも学生さんたちに伝えられれば幸いです。

大学の学びは、社会に“選ばされる”のではなく、自分で“選ぶ”ための力を育ててくれます。地域学部には、その学びを支える土壌があります。そのことを、どうか頭の片隅に置いておいてください。

「地域学入門」終了後、有志による懇親会の様子

*この記事は、鳥取大学地域学部1年次必修科目「地域学入門、2025」を基にしています。

武田愛子 / Aiko Takeda

2009年に鳥取大学を卒業。グラフィックデザイナーとして二年間勤務した後、漫画家になるために上京。 2016年に『ザ マーガレット』(集英社)よりデビュー。 2024年よりシーモアコミックス(NTTソルマーレ)にて、『その男、花嫁の下僕につき』を連載。漫画原作者としても複数連載中。

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