2024.11.29

山を通して見つめ直す「自分」とは?

堀口 ももの
山を通して見つめ直す「自分」とは?

FEATURE特集

智頭の山での自然との触れ合いを通じて自己を見つめ直した、堀口もものさんのフィールドワーク体験記。智頭の山々での山菜採りや狩猟文化を体験し、山の「非日常」と「日常」を感じた彼女は、自然との共生の重要性に気付きます。

 

山を歩き、山菜を食べる授業

2024年5月中旬、私は「地域学総説C」という科目に参加した。この科目は、必修科目の「地域学総説A」と連動し、ご講義を下さった方々とのフィールドワークが中心となる。今回は「山を歩き、山を食べる」というテーマのもと、智頭の山を歩いて山菜を採って食べた。このフィールドワークの様子と、それを通して生まれた私自身の変化を書いていこうと思う。

「山を歩き、山を食べる」というテーマは、私にとってとても興味深かった。私は鳥取県・大山の近くで生まれ育ち、山という存在がとても身近である。家族や友達と遊びに行くことはもちろん、学校行事として登山やスキーにも挑戦した。また大学生になってからは、子どもたちを対象とした大山での自然キャンプで、リーダーを務めた経験もある。そんな思い出を与えてくれた山は、私の好奇心を掻き立てる「非日常を楽しむ存在」であった。ゆえに今回のフィールドワークも、山での非日常を体験したく参加した。

今回のフィールドワークは4日間にわたり、地域創造コースの先生方、智頭での林業に携わる方々、そしてご講義を下さった関根健司さん・関根摩耶さん親子のお二方によって行われた。アイヌ民族とつながりのある関根さん親子は日常的に北海道の山を歩き、山菜や動物の狩猟を行っている。

1日目と3日目は実際に山を歩いた。1日目の山歩きでは、山菜を採るために道なき斜面を這うように登らなければならなかった。林業の盛んな智頭の山は、落ち葉による豊かな腐葉土である。ふかふかな土の上は踏ん張りにくく、斜面を落ちる怖さも抱いた。それは自分一人では辿り着けないような場所で、しかしそのような美しく厳しい大自然の中には多くの山菜が息づいていた。関根さん親子から、山菜の種類や食べ方を教わり、夜には調理をして、みなさんとそれを味わった。私たちはそのように学びを得るとともに、改めて山の非日常な楽しさを感じていた。

アイヌ語には「自然」という言葉がない

3日目の山歩きでは、私たちは山菜採りに加えて、川で魚を捕まえようとしたり、鹿の骨をあちらこちらで見つけたりした。私たちが生きるために必要な食べ物の一部は山で育ち、それらは山の水で生かされている。山がもたらしてくれる恵みに直接触れることができて、山に対する私の考えが変わった。つまり山は私にとって「非日常の楽しさ」を与えるだけでなく、「日常に欠かせないもの」という認識に変わったのだ。

2日目に行われた関根さん親子の講義で、「アイヌ語には『自然』という言葉がない」というお話がとても印象に残った。関根さん達は「知ることは分けること」とおっしゃり、言葉や知識で区切られてしまう世界の存在に目を向けられていた。私はこれまで、自然に対する考えや詳しい山菜についての説明から、お二方は自然と密接な関係の中で生きてこられたと考えていたので、自然という概念が存在しないことを不思議に思った。しかし狩猟文化のあるアイヌ民族にとっては、自然が人間の営みと一体化しており、決して非日常なものではない。自然と人間を区切る必要がないからこそ、「自然」という言葉がないのではないだろうか。もちろん知識や言葉で区別をするから、考えられたり、見えなかったものに気付けたりすることもあるだろう。しかし自然という概念がないことは、私の「非日常な自然」という捉え方に大きな影響を与えるものであった。

また、講義に一緒に参加した、林業に従事する方も山の捉え方を聞かせて下さった。その方は、アイヌの狩猟民族的視点とは異なり、どのように山をコントロールできるかと考え、コントロールしきれない厳しさを感じる場所でもあるとおっしゃっていた。山へ遊びに行く・山を食べる・山を仕事とするといった、それぞれの生き方によって異なる山の捉え方の幅広さに、山は人間の生活の本質を表しているのではないかと考えさせられた。

 

山を見つめることで、自分を見つめる

今回のフィールドワークは、人との出会いがとても印象的だった。関根さん親子をはじめとし、どの方も私にとっては初対面であった。恐らく大学生になる前の私だったら、このような空間には参加できなかった。なぜなら、小さい頃からずっと人見知りのためだ。しかしやりたいことをやってみる、挑戦してみるという思いにさせてくれたのは、高校時代のコロナ禍だった。それまで当たり前だった学校に通うことが制限され、友達と過ごす日々も部活や行事も、思うように経験できなかった。そのような不自由な時間を過ごしたことを通じて、やりたいことができる有難さに気付かされた。

私は将来、自然の中でのびのび過ごせる地元を大事にしたく、「地域学」に関心をもった。そして今は教員を目指す中で、地域と教育の在り方も学んでいる。学びたいことを学んだり、サークルで挑戦したりすることは、とてもやりがいがあり、そこには人とのつながりがある。

今回のフィールドワークも、まさにそれを強く認識できるものであった。初めてお会いする人との対話を通じて、新たな視点に気付かされる。対話の中で生まれる疑問を通じて、自身の考えをより深めることができる。「山」という共通したものを見つつも、それを深める視点は異なっていることがとても面白かった。そして「山」という場所を文化や職業生活からの視点で学ぶことで、自分の視点も見つめることができた。

私が、私自身の外部へ働きかけることで、人とのつながり、ものごとをみる目を様々にもつことができる。そして、様々な目を取り入れて自分を見つめることで、自分自身を広げられることに気付かされた。つまり自分自身は、外の世界に触れてこそ形成されるのではないか。
これからも躊躇うことなく、失敗を恐れることなく、知らない世界へ飛び込んでいきたい。

 

堀口 ももの/ Momono Horiguchi
人間形成コースで学び、青少年育成団体の一員として活動しています。野球観戦、吹奏楽、お笑い、旅、食べることが大好きです。

*この記事は、鳥取大学地域学部選択科目「2024年度・地域学総説C(山を歩き、山を食べる)」での学びを基にしています。

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