2024.7.9

誰もが誰かの「先生」になれると気づいた私が、どうして「教員」になるのか?

チョロQ
誰もが誰かの「先生」になれると気づいた私が、どうして「教員」になるのか?

FEATURE特集

鳥取大学地域学部での学びを活かして、高校の教員になると決めたチョロQさん。チョロQさんが、在学中の経験や教育実習での出来事を振り返りながら、教員の道を選択した理由を考えました。

 

誰もが誰かの先生になれると気づいた学生生活

地域学部に在籍している学生はほとんどが文系出身ですが、私は数学が好きで、高校では理系クラスでした。受験も理系の学部を受けるつもりで、オープンキャンパスや大学研究に取り組んでいましたが、高校3年の春に進路を考え直し、まちづくりについて幅広く勉強したいと思い、鳥取大学地域学部に進学しました。入学してすぐは新型コロナウィルス感染症の影響で想像していたキャンパスライフは叶いませんでしたが、2年生以降で巻き返すように、鳥取県内であれば山奥の智頭町や日南町まで、県外であれば北は北海道から南は奄美大島まで、様々な地域に足を運び、大学の座学とフィールドワークの行き来を重ねていきました。

卒業論文の調査では、鳥取県の日本酒蔵に通い、地域資源の活用やものづくりに関わる人々の労働問題について考えています。特に私が感じている違和感は「やりがいの搾取」で成り立っている社会です。今となっては、酒造業界も教育現場も置かれた状況が似ているように感じ、どうやってこの社会で生きていけばいいのかを考えています。

日本酒造りの1つ生酛づくりをしているときの様子(鳥取県北栄町梅津酒造にて撮影)

そして私は様々な地域を訪れ、たくさんの人に出会ううち、「誰だって誰かの先生になれる」ことに気づきました。大学の先生だけでなく、大学の授業やフィールドワークで出会う方達も、私にとっての先生だったのです。特に印象に残っているのは、3年次の必修授業、地域学総説です。この授業では、外部講師の話をもとに、「地域学とはなにか」を考えていきます。夜間中学の先生、小説家、NHKのディレクター、畳屋、ローカルメディアの運営者、精肉店の店主、住職など、住んでいる土地も職業も違う方々から様々な話を聞くことができます。例えば、東京恵比寿でローカルメディアを運営している高橋ケンジさんは、「人に何か伝えたいとき、何かをはじめるとき、『大きな主語』より『小さな主語』を意識すると良い」と教えてくださいました。年齢も学歴も住まいも立場も全然違う方ですが、この学びは私の価値観そのものを変えてくれました。他の講師の方のお話も含め、大学の他の授業よりもリアリティがあって惹き込まれる地域学総説は、「人に学びを与えることは、誰だってできるんだ」と思えた授業なのです。

 

先生も生徒も時間に追われる多忙な教育の現場 

私は2024年5月末から2週間、母校の佐賀県唐津西高校で教育実習をさせていただきました。

最近は「教員の仕事はブラックだ」とよく聞きますが、実際、教員実習では本当に多忙な日々を送っていました。特に最初の頃は、トイレに行く間もないくらいでした。職員朝礼して、クラスでHRして、授業づくりをして、資料をつくって、他の先生と打ち合わせして、部活動等で放課後の生徒と交流して、日誌を書くなどの事務仕事をして… 1日があっという間でした。実習先の先生方は、授業前の休み時間のうちに板書しておいたり、プリントを配布しておいたり、些細なことですが、生徒との時間を1分1秒も無駄にしないよう、たくさん工夫されていました。私自身も授業準備しても、時間が足りない、と常に感じていました。

これは教員だけではなく、生徒も時間に追われているような様子で、休み時間や掃除時間に小テスト対策の単語帳を持ち歩いて勉強をしている子もいました。その異様な光景に驚き、「私が高校生の頃はそこまでじゃなかったような…」と私の元担任のS先生に話すと、

S先生「最近ね、小テスト多いしね。あなたはそれをみてどう感じたの?」

私  「掃除の時間は掃除をしないと、真面目に掃除をしている子が損していません?他の先生は注意しないし…もやもやしながらも、何も言えませんでした。」

S先生「なるほどね。掃除時間中に勉強をする生徒を注意して、その時にやめさせることは簡単だけど…もし自分ならなんて声をかけられたい?」

実は私は、掃除中の光景を見た時、最初は「掃除をしたくないから、勉強をしているように見せているだけだ」と思っていました。もし自分ならなんて声をかけられたいだろう?「掃除時間には掃除をしないといけない」ではない、生徒にかけられる言葉はなんなのか。教育実習期間には伝えられませんでしたが、今なら生徒たちに「そんなに頑張らなくていいよ」と伝えたいです。そのくらい、今の教育現場は時間に追われ、誰もに余裕がなかったのです。

 

教員という仕事の創造性とやりがい

教育実習の期間は2週間。1週目は、様々な先生の授業を参観させていただきました。母校には高校時代にお世話になっていた先生もいらっしゃって、生徒から教育実習生に立場が変わった私。授業を受けてみると、どれだけ準備したらあんな授業資料になるのだろうと考えたり、それだけの用意していても生徒が躓いている様子を感じたら丁寧に解説をいれるなど、生徒に合わせて色々と工夫してくださっていたことを知りました。2週目は、生徒へ「公共」の授業をさせていただきました。実際に教壇に立つ直前に、「上手くいかなかったらどうしよう…」と弱音を吐いていた私に、指導教員のK先生は「授業なんて失敗の連続。上手くいった!なんて思えたことはあんまりない。僕も授業は失敗ばっかりよ」と声をかけてくれました。授業をする度に、時間配分を考え直さなきゃ、あのときああいえばよかったな、こうしたらどうだっただろうか、という気持ちでいっぱいになりました。結局、2週間という短い期間で、8回の授業を行なって、満足いく授業だったと思えたことは一度もありません。しかし、満足いくものが簡単にはできないからこそ、教員とは創造性にあふれた仕事なのではないかと思えました。


K先生からもらったメッセージ


教育実習での研究授業後ランチ会の様子 隣の子は教育実習仲間

生徒と関わった日はたった10日間でしたが、生徒の成長する姿をみることができ、感動した出来事がありました。教育実習9日目、私の研究授業の前に、生徒たちが椅子を並べるなど準備を手伝ってくれました。その日のHRで、「誰かに指示されずとも率先して動いていることが、とても素敵だった」と生徒たちに話すと、嬉しそうに聞いてくれただけでなく、今までしていなかった配布物の手伝いまでしてくれるようになりました。この行動を起こすスピードの速さ、「良かった・嬉しかった」という言葉に素直に反応してくれる生徒たちは、本当に愛おしい存在です。同時に、この生徒が成長していく姿を1番近くでみることができるのはやりがいだと感じました。最後のHRで、担当したクラス36名全員からメッセージが書かれた色紙をもらいました。嬉しさと来週からはみんなに会えない寂しさ…色んな感情が込み上がって、思わず泣いてしまいました。これは私の一生の宝物です。


私の宝物


誰だって先生になれるのに、あえて「教員」を選ぶ理由

私は、地域学部で座学と地域でのフィールドワークを行き来できたからこそ、学校の先生ではない先生の話も学びであると気づくことができました。誰もが先生であるこの世界で、学校の「教員」だからこそできることは、様々な「先生」と生徒を繋げることです。生徒が「先生」と出会う機会をつくることは、生徒の1番そばにいる大人である「教員」の役割であると思います。高校時代の私は、身近な大人といえば、家族か学校の先生だけでした。その限られた大人たちの言う「正しいこと」に自分の考えが囚われていたこともあります。高校時代にもっと色んな「先生」に出会えていれば、もっと視野が広がって、生きやすくなっていただろうなとも思うのです。

地域学部で「誰もが先生である」と知った私だからこそ、学校の中で教えるだけではなく、身近にいるたくさんの「先生」と生徒を繋ぐことを大切にして、生徒の成長を支えていくことができると思っています。

これから「先生」になる上で1番忘れたくないことは、私は「先生」であり、学び続ける人でもあることです。誰もが互いの先生だからこそ、他者を尊敬する心を忘れずに、自分自身も成長し続けていくことも大切にしたいと思います。

 

チョロQ / Choro-Q(ペンネーム)
佐賀県唐津市出身。地域学部地域創造コース2020年度入学。日々自分が「わくわく」することを追いかけている。行動力はあるが、定期的にネジを巻く必要があるためチョロQに似ていると言われている。憧れは、遊び心を忘れない大人。日本酒が大好きで、学生団体を立ち上げ、鳥取のお酒について知るきっかけをつくっている。2025年春から高校教員になる(内定)

*この記事は、鳥取大学地域学部で取得可能な高等学校教諭1種免許状(地理歴史・公民)に係る学びが基になっています。

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