2023.4.1

「とりあえずやってみる」って何?

りゅうき
「とりあえずやってみる」って何?

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ワンダーなこと

初体験の馬耕に、挑戦することに踏み出せないでいる自分に気づいたりゅうきさん。過去のサッカーの経験を振り返りながら、「脳筋」から禅の考えまでも経由する、「とりあえずやってみる」ことについての思考の記録です。

 

馬耕

村田周祐先生のゼミ活動で、鳥取県智頭町で馬耕を営む岩田和明さん一家にお世話になった。田んぼの面積は約一反、そして無農薬のため所々に雑草が生えていた。馬耕とは文字通り「馬」で田を「耕す」米作りであり、機械を使わないオイルレスな農業でもある。私はそこで、初めて犂の使い方を実際に体験することができた。馬の進む力と犂を用いて田を耕していくのだが、最初は挑戦することを躊躇っていた。またはじめてみても、前を歩く馬と呼吸を合わせながら犂のバランスを取る必要があり、慣れるのが難しかった。

そのころ私はゼミ活動の中で、よく脳筋という言葉を発していた。脳筋とは「あらゆることを筋肉で解決してしまうほど、脳が筋肉でできていそうな人」のことを指す言葉だ。当時ゼミ活動でよく関わった一次産業は力仕事のイメージが強く、そのため私もゼミ活動で「脳筋」らしく振る舞おうと心掛けていたつもりだった。

ただ、前述したとおり当初私は初めての犂を使った田起こしに躊躇しており、最初の一歩を踏み出せずにいた。このままではせっかくの機会が無駄になると思い、「とりあえずやってみよう」と努めたでのある。犂のバランスを取りながら硬い土を掘り起こすのは難しく、さらに馬の進むスピードにも合わせなければならない。しかし、私は私の脳筋を発揮し、私にできることを模索しながら犂での田起こしに励んだ。回数を重ねるにつれ、コツをつかみ始め、その結果私は岩田さんから褒められるまでになった。

振り返ってみて、「とりあえずやってみる」ことは、正しいやり方を知らない無知の状態で自分を信じることに繋がるのだと私は心得た。初めての馬耕は右も左もわからない状態だったため、やってみることに不安を抱えていた。しかし、それは今までやったことがないために自信が持てないということであり、やってもないのに不安がっていることでもある。そうではなく、まずはやってみることが大切なのだ。

両忘

馬耕の体験から、何を学ぶことができたのかを村田先生と深めていた。私の場合、脳筋を使って深めることになるのだが、脳筋という言葉は「力はあるのに頭が悪い人」というイメージが付随しがちであるため、何か異なるものに変える必要があった。その時、村田先生に「両忘」という言葉を教えていただいた。

両忘とは、物事を比較で考えずに、本来の目的や本質から考えようという禅の言葉である。つまり、物事の良し悪しは相対的に考えがちだが、上手い下手などといった対極する概念は本来どうでもいい、ということを言っている。まさに、「とりあえずやってみる」という言葉に当てはまると私は思った。これまでの私は、何かをやる前から失敗の不安や恐怖を抱き、結果何もやらずに終わる、ということが多かった。しかし、やる前のさまざまな感情を一旦取り除き、とりあえずやってみることで「両忘」というフラットな状態になれるのだと私は痛感した。

新しいことや今までの経験にないことをするときが必ず訪れる。不安でいっぱいになるかもしれないが、「とりあえずやってみる」と自分自身が思っていたよりも案外簡単であると気づくことができ、不安がいつしか自信に変わるということを、身をもって感じることができた。

「とりあえずやってみる」ことで訪れる両忘

私は小学2年生から6年生までの間、地元の少年サッカークラブに通っていた。そして、小学5年生と6年生の時に、トレセンと呼ばれる選抜チームの選考があった。トレセンは市区町村単位のものや県単位のものまで、さまざまな種類があるのだが、小学5年生の時に私は一番小さい単位である市のトレセン選考に挑戦した。しかし結果は不合格。他の友達が受かっていた中、自分だけ落ちてしまい、当時の私は非常に悔しい思いをした。それ以来、普段の練習もなかなか一生懸命に取り組むことができずにいた。そんな中、母や学校の先生、コーチからもらったアドバイスはどれも、自分一人でできる練習についてや、自分自身ができることをよく考えることだった。そこから徐々に翌年のリベンジに火が付き始めた。そして、周りが自分よりどれだけ上手くても、ただひたすら自分と向き合って、放課後は必ずボールを蹴りに行った。その結果、6年生のトレセン選考に見事合格することができた。

それは、他人と自分を比べなくなったということが1つの大きな要因であると考える。それまでの私は、自分よりも良いパフォーマンスをした他の人にしか着目できず、落ち込む日々を送っていた。だが、5年生の時の不合格をきっかけに、他人と比べないようになり、リベンジに向けてひたすら自分の活力で努力した。

この私の体験は今に繋がっている部分がある。それは両忘である。サッカーだと、私は他人と比べていた。馬耕だと、自分の出来と比べていた。どちらも必ず比較している。ただ両忘という言葉の通り、比較することは本来どうでもいいのである。比較しなくなることで、潜在的にあった自身の活力を最大限に生かすことができる。そして、その両忘は「とりあえずやってみる」ことで訪れるものだった。

「今日敗者の君たちよ、明日は何者になる?」

私は、「とりあえずやってみる」ことを実行した馬耕の体験から、最初の一歩を踏み出せない躊躇いが無くなった。そして、たくさんの自分がしたいことを、たくさんの時間がある大学生の時期にしていきたいと考え、今動いている。

少し話がそれるが、ここで私が勇気づけられた言葉を紹介したい。私が初めて好きになった漫画「ハイキュー」(集英社)の中で、「今日敗者の君たちよ、明日は何者になる?」という言葉が出てくる。この言葉から「自分は何者にでもなれるし、今からなろうとしても全然遅くないんだ」と、私は気づかされた。

自問自答しながら、「とりあえずやってみよう」と私は変わることができた。この文章が、読んでくださったあなたの背中を押すきっかけになれば、私は非常にうれしく思う。

 

りゅうき / Ryuki
鳥取大学地域学部2年。日本生まれ日本育ちだが、母は日本人、父はブラジル人のハーフ。