2026.5.18

徳島出身・阿波踊りが大好きなあまり鳥取大学にやってきた、その理由とは?

庄野朔弘
徳島出身・阿波踊りが大好きなあまり鳥取大学にやってきた、その理由とは?

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徳島県出身の庄野朔弘さんは、阿波踊りが好きなあまり鳥取大学へ進学。その理由は、踊りと人をつなぐ「コミュニティダンス」という分野の研究にありました。阿波踊りを通じて感じた「踊ることは生きること」という気づきは、どのようなものだったのでしょう。

 

徳島と鳥取の縁

「どうして鳥取へ来たの?」と聞かれるたびに、僕は少し照れながらも誇りをもって話す。「阿波踊りが好きなので、鳥取大学でコミュニティダンスを研究されている木野彩子先生のもとで学びたかったから!」 それを聞いた友達はみんな驚いた。でも、僕にとっては、それは本当の理由だった。

徳島県で生まれ育った僕が阿波踊りと出会ったのは、高校一年生の9月だ。それまで陸上部だった僕を阿波踊り部の友達が誘ってくれ、興味本位で入部してみた。阿波踊り部は、県内でも珍しい部活動で不安ばかりだった。だが、いざ部室に入ってみると、笛を熱心に吹いている部員、大太鼓、締め太鼓をカッコよく叩く部員、そして、ひたすら足の運び方、腕の出し方を意識して踊っている部員たちが練習しており、その熱心さに驚いた。そこで、先輩たちや先に入部していた同級生から、踊り方を一から教えてもらい、練習に励んだ。はじめは「人前で踊るなんて恥ずかしい」、そんな印象ばかり抱いていたが、同時に踊る中で徐々に自信を得ていった。

そこからの3年間は、まさに阿波踊り一色の日々だった。家に帰っても毎日踊り続け、疲労骨折するほど夢中になった。時には、秋篠宮ご夫妻の前で踊る貴重な経験もした。舞台の上で感じる高揚感や、観客の笑顔に包まれる瞬間が僕はたまらなく好きだった。踊りに触れていくうち、阿波踊りが僕にとっての「生きるリズム」になっていた。

だからこそ、大学進学のとき、踊りを違う角度から見つめ直してみたいと思った。そんなときに出会ったのが、鳥取大学地域学部の国際地域文化コースで木野彩子先生が研究している「コミュニティダンス」という分野だった。

コミュニティダンスとは、年齢・性別・障がいの有無・経験を問わず、誰もが参加できるダンスのあり方を指す。専門的な技術よりも、「人と人との関わり」や「表現を共有する場」を大切にしている点が特徴だと知り、僕は心が動いた。阿波踊りもまた、まったく同じ精神を持っている。「同じ阿呆なら踊らにゃそんそん」という言葉が象徴するように、誰でも参加でき、町全体がひとつになって踊る。学問としての「コミュニティダンス」と、祭りとしての「阿波踊り」が、思っていた以上に深くつながっているように感じられた。そこで、僕は鳥取大学への進学を決めた。

 

鳥取での驚きと、変わらない情熱

鳥取に来てからも、僕は阿波踊りを続けている。家だけでなく、近くの体育館を借りて、一人で練習することもある。音楽を流すと、自然と身体が動く。だけど、最初のころは周りからとても珍しがられた。「そこまでやるの?」「熱心だね」と、驚かれることが多かった。確かに、鳥取の体育館で阿波踊りをしている学生なんて、いるはずがないだろう。けれど、僕はどうしても踊りたかった。もっとうまく踊りたい、そういった熱い情熱があったからだ。

練習しているときに、ふと「阿波踊りって、なんでこんなに人を夢中にさせるんだろう?」と思うことがある。太鼓のリズム、笛の音、掛け声、そして仲間たちとの呼吸。すべてが重なった瞬間に、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。観客から「かっこいい!」とか「すごいな!」と声をかけてもらったとき、団扇で「おつかれさん!」と扇いでもらったとき、見ていた友達・観客が一緒に踊り出すとき。そんな一瞬一瞬が、たまらなく嬉しい。踊りを通して、自分が誰かとつながり、町の空気の一部になっていくような気がする。そうした瞬間や、目の前の景色が踊り手たちを夢中にさせるような気がした。

踊ることは、つながること

鳥取で暮らすうちに、僕は「踊る」という行為の意味を改めて考えるようになった。阿波踊りは故郷の文化であり、自分の血に受け継がれてきたリズムだと思っていた。けれど、コミュニティダンスの考え方に触れてから、「踊ること=生きること」なのかもしれないと思うようになった。

コミュニティダンスも阿波踊りも、上手い・下手ではなく、「踊りたい」という気持ちを共有するものだ。誰かと一緒に動くことで、心の距離が少し近づく。知らない人と笑い合ったり、身体の動きで通じ合ったりする。その一瞬に、言葉を超えたつながりが生まれる。そう考えると、阿波踊りの「踊らにゃそんそん」という言葉は、単なる掛け声ではなく、「生きることを楽しもう」というメッセージにも聞こえてくる。

鳥取で阿波踊りを続けていると、僕にとってのふるさと徳島と、新しい土地である鳥取が、踊りを通してつながっていくのを感じる。たとえ場所が違っても、僕の踊る気持ちは変わらない。阿波踊りへの関心を通じて、僕は木野先生とも出会ったし、踊れば他の踊り手や観客たちと心が結ばれる。踊ることは、僕にとって自分を表現するだけでなく、外の世界とつながる手段なのだ。

そして今、僕は思う。阿波踊りをもっと深く学び、将来は地元・徳島で踊りに携わりながら仕事をしたい。阿波踊りの魅力を発信し、次の世代にも受け継いでいけるような活動をしたい。鳥取で過ごす日々は、その夢へ向かうための大切なステップになっている。

「なぜ鳥取へ来たの?」という問いに、今ならもっと自信を持って答えられる気がする。「踊る理由を見つけるために、鳥取へ来たんだ」と。

 

写真:
1枚目…graphic book 第47回全国高等学校総合文化祭 かごしま総文2023 郷土芸能部門
2枚目…dandance_awa7
3枚目…kashima_photograph

庄野朔弘 / Sakuhiro Shono

徳島県出身。徳島商業高等学校で阿波踊り部と出会い、阿波踊りを始める。2025年、阿波踊りの切手ポスターに起用され、高校時代には秋篠宮ご夫妻の前で男踊り代表として踊った経験もある。将来は、阿波踊りを極めるため、地元で阿波踊りに携わりながら仕事をしたいと考えている。 Instagram @saku _awa12

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