2026.10.19
“当事者”に読まれて、本は完成する? 菰田レエ也×田井勝 鳥取大学発書籍『地域学へようこそ』をめぐる対談

いつものキャンパスで出会える
ワンダーなこと
鳥取大学地域学部が刊行した『地域学へようこそ 暮らしを見つめ支える学び』(ミネルヴァ書房)。教員陣がそれぞれの研究や実践をもとに執筆したこの入門書のなかで、菰田レエ也先生が書いた第7章「路傍に咲く花は対話を待つ」は少し異色だ。学術的な解説ではなく、20代のころに出会った一人の男性と、その家に集う若者たちとの体験談として書かれている。
今回の対談は、第7章に深く関わる旧友・田井勝さんのこんな一言から始まった。
田井:一緒に書くって話になった時、菰田くんが「自分だけで書かない」「当事者も一緒に書かないと、それはダメですよ」って、一緒に書かせてくれたんです。だから、菰田レエ也しか名前は出てないですけど、多分菰田くんもどこを自分が書いたか分かってないし、僕もどこを書き加えたか分かってない。
(編集部注:第7章の執筆にあたって、菰田先生は章の舞台となった家に集っていた若者たち(後述の「M家メンバー」)とともにワークショップを開き、調査の過程での自身との関係や、自分がどう受け止められてきたのかを振り返った。原稿の段階でもM家メンバーが内容を確認して加筆・修正を重ね、その意見は相当程度反映されている。その意味で、この章は当事者との協働のプロセスを通じて書かれたものだ。ただし、最終的な構成・記述と内容の責任は、著者である菰田先生が負っている。)
菰田:うんうん。
田井:僕は全然地域学のことはよく分からないんですけど、でもなんだかこれが地域学っぽいなーっていうのは思ったんです。『地域学へようこそ』って言いながら、すげーミニマムな家単位。ここにもちっちゃい地域があるっていう書き方になってたのが、面白いなーと。

田井勝さん
「地域学っぽい」章の中身
その“家単位の地域”というのが、第7章の舞台になった千葉県のある家だ。19歳で両親と絶縁し天涯孤独になった、この家の主「M氏」こそ、今回対談した田井さん本人である。M氏の家には、大学を中退した人、家庭の事情で電気や水道を止められていた人など、血縁のない若者たちが次々と住み着いていて、当事者たちはこの集団を「M家メンバー」と呼んでいたという。
大学院生だった菰田先生は、あるゼミをきっかけにこの家に出入りするようになる。しかし最初に抱いた感想は「とにかく汚い家」というものだった。掃除機もかけない床には得体の知れない毛が絡まり、「人毛絨毯」と呼ばれていたという(対談で明かされた本当の呼び名はもっと際どいものだったが、それは書籍には書けなかったらしい)。一泊しただけで体に虫刺されの跡ができ、菰田先生の母親に悲鳴を上げられたエピソードも出てくる。
だが章が進むにつれて、話は「汚さ」から「自分の無自覚さ」へと移っていく。菰田先生はM家メンバーに対して、無意識のうちに「エリート然とした」態度を取ってしまっていた。本人にその自覚はなくても、相手には伝わる。この章ではそれを「ニオイ」と呼ぶ。自分では気づけない、無自覚な価値観や振る舞いのことだ。そして「対話」とは、そのニオイを指摘し合い、互いに傷つきながら変化していくことだ(章の中では、「創」という漢字がもともと「刀による傷」を意味し、そこから「創造」に転じたと紹介している)。
そんな章を、当事者本人はどう読んだのか。対談は、そこから本題に入っていく。
エリートとか関係なくあなたは普段からやばかった
田井:あらためて読み直してみたけど、なんかちょっと納得いかない点があるな、と。
菰田:まあそうだよね(笑)。
田井:私のことは書いてある通りで、トゥルーストーリーだなとは思ってるんですけど。なんか菰田くんは、ちょっとかっこつけてるんじゃないかなって。
菰田:それは、すいません。
田井:書き方の構造が「エリートのぼっちゃんの僕が、すげー変なところに入って、M家メンバーとの価値観の違いがあって」みたいになってたけど。俺らが文句言ってたの、そのエリートのぼっちゃんじゃねえから(笑)。菰田くん個人の、変なとこがいっぱいあったからね。
菰田:(笑)

菰田レエ也先生
田井:もう普段の服からやばかった。すっげー真っ赤なシャツを持ってて、しかもピチピチの、サイズが合ってないやつ。で、待ち合わせすると遠くから真っ赤なやつが来て、「うわ、すげーシャツ着てる」と思って。しかも俺んちに来る時だけじゃなく、東京の実家の周りで遊ぶ時もそうだったんです。だからあなたは普段からやばかった。エリートとか関係なく。
菰田:(笑)。こうやって色々言われ始めますからね。私も何も言い返せなくなります。
田井:あと、菰田くん、お父さんから「穀潰し」って言われてたのに、その意味も知らずに、ある日LINEで「田井くん、穀潰しってどういう意味?」って聞いてきたんですよ(笑)。で、「マジか、俺穀潰しなんだ」って。本当こいつ、自覚がないんですよ。
菰田先生にも「金持ちのぼっちゃんが来ました、みたいな話を書かないのも嘘かなと思って」という言い分がある。田井さんも、そうした面が「ないわけじゃない」とは認める。ただ、M家メンバーが「こいつ変な奴だな」と面白がっていたのは、育ちや階層の違いだけではなかった。菰田レエ也という一人の人間の、どうにも説明のつかない変わり者ぶりでもあったのだ。
“殺し屋”がダニに噛まれなくなるまで
この章のもう一つの軸は、菰田先生自身の変化だ。田井さんは、出会った当初の菰田先生をこう振り返る。
田井:初めて会った時、私の大学院のゼミに来たんですよね。で、なんかすごい殺し屋みたいな目してて。「菰田くんってさ、本読む時とか、どうやって勉強してんの?」って聞いたら、「え、俺は何も信じてないから、本も受け入れないよ」って言って、サッと消えていって。
菰田:(笑)
田井:ゼミの中では「現代のベンサム」って呼ばれてたんですよ。自分にメリットがある時しか来ないっていう、功利主義者だったから。

その“殺し屋”だった菰田先生を大きく変えたのが、博士課程進学の失敗だった。
菰田:初めてショックでご飯が食べられなくなったのが、あの時でしたね。修士論文不合格、っていうか撤回か……。それで1週間くらい、飯も食えなくなりました。
田井:で、ちょっと見るに見かねて、うちに呼んで。
菰田:そうそうそう。
田井:そこから、殺し屋稼業を辞めて、心が溶けてね。ダニは住人は噛まずに新規客だけを噛むものだけど、そのダニにも噛まれなくなって(笑)。
菰田:(笑)
冬の寒空の下で釣りをし、ラーメンを食べ、銭湯に行く。そんな数日間をともに過ごすうち、菰田先生は少しずつ心を開いていったという。自分の無自覚な“ニオイ”に気づくには、誰かに「お前くさいよ」と率直に言ってもらえる関係と、その覚悟が必要だ。第7章にはそう書かれている。田井さんとのこのやりとりは、まさにその実践だった。

批判されるのを分かってて書く姿を、学生はちゃんと見る
対談の終盤、研究者に「書かれる側」だった田井さんはこんなことを口にした。
「当事者が公式に批判する機会って、今までなかったわけじゃないですか。菰田くんが批判されるの分かってて書いてる姿を、学生はちゃんと見ると思うんですよね。多分、当事者の僕に批判されて、菰田くんの章が完成するじゃん。こういう機会を設けてくれて、これでこの本は完成じゃない?」
菰田先生は、自身の章で先行研究をあえて一切引用していない。先行研究を入れて格好をつければ、また業績主義に取り憑かれてしまう。そんな思いからだという。研究の成果を自分一人の名前で積み上げるのではなく、当事者や共同研究者とともに作っていく。そのスタンスを、菰田先生は「初めての単著は絶対に共著にしよう」という決意にまで発展させている。
『地域学へようこそ』第7章は、わたし一人では「わたしから始められない」という逆説を主張する章だ。自分について書くためには、他者に自分がどう見えていたかを聞く作業が欠かせない、という意味である。今回の対談は、まさにその主張を証明するようなかたちで、当事者本人が本に対して率直な感想と異論を述べる場になった。
一冊の本は、著者の手を離れたあとも、読んだ人・関わった人の言葉によって書き換えられ続けていくものかもしれない。地域を学ぶということもきっと同じだ。誰かの「あたりまえ」に触れ、自分の「あたりまえ」を指摘され、その都度、少しずつ書き直していく。そういう終わりのない対話のことを、私たちは学びと呼ぶのではないだろうか。

菰田レエ也 / Reeya Komoda
かつて「現代のベンサム」や「殺し屋」と呼ばれた男。恩師や先輩、そして友人たちに恵まれたことから悔い改める。鳥取大学に就職してからは懺悔をするかのように地域へ根差すことを試みる。慈悲の心を見せたことから田井ととんでもない約束をしてしまう。
田井勝 / Masaru Tai
かつて「クズ」と呼ばれた男。塾講師のバイトも中学生に恋愛相談をして立場が逆転。クビになる。就職もできず、仕方なく友人と起業するも、友人からも「邪魔だから職場に来るな」と言われる始末。会社が潰れたら菰田に養ってもらう約束をしているため、いつの日か菰田家に人毛絨毯ができる日が来るかもしれない。
(編集部注:2人のプロフィールは、田井さんが原案を書き、菰田先生が助言・確認したうえで承認したもの。過去に真摯に向き合う姿を学生に示したいという菰田先生の思いから、この内容のまま掲載している。)
書籍情報
『地域学へようこそ 暮らしを見つめ支える学び』
村田周祐・岡村知子・竹内潔・呉永鎬・稲津秀樹 編著
ミネルヴァ書房/2026年3月30日発行/A5判・272ページ
※菰田レエ也先生の第7章「路傍に咲く花は対話を待つ」を収録
https://www.minervashobo.co.jp/book/b673322.html























